Behind the Expression

【カンボジア】心象風景が呼び覚ますリアリティ 〜アーティスト:Sao Sreymao〜

投稿日:2019年2月7日 更新日:

森林に囲まれた木造の高床式住居の前にたたずむ人々。

写真の上に白い線で描かれた彼らの表情ははっきりとは見えないが、笑っているようにも、呆然と虚空を見つめているようにも見える。
何かは分からないが、何か一大事を経験する前か、経験した後の表情のように思われる。

温かさと物悲しさが入り混じるような空気感を醸し出すこれらの作品を制作するのは、Sao Sreymao(以下、Sreymao)。

2018年10〜12月にプノンペンのアートスペース「Sa Sa Art Projects」で開催された企画展「Under the Water」で彼女の作品に触れた時、得体の知れないざわめきを覚えるとともに、作品に描かれた人々に一体何が起こったのか、確かめたいと思った。

Artist's Profile

Sao Sreymao

1986年、タイ国境の難民キャンプ「Site2」で生まれる
2006年 「Phare Ponleu Selpak’s School of Visual and Applied Art」卒業
2016年 「Sa Sa Art Projects」’ Contemporary Art Class 受講
ペインティング、写真、デジタルドローイング、彫刻、パフォーマンスといった複数の領域で制作活動を行う傍ら、イラストレーターとして様々な啓発本に挿絵を描いている。

Under the Water:灯の影に消えてしまった人々

プノンペン某所。
チャーミングな笑顔で現れたSreymaoは、細い路地にある民家の2階に案内してくれた。
そこに、彼女の自宅兼アトリエがあるという。

制作用の机と、過去の作品が収納された棚に囲まれた空間で、早速企画展「Under the Water」について聞いてみる。

あの、白い線で描かれた人々に起こったのはどんな出来事だったのだろうか。

 

作品の背景には、Sreymaoが約10年前から取り組んできたという、とあるプロジェクトの存在があった。

通称、「メコンプロジェクト」。
2007〜2008年頃、Sreymaoは、カンボジア北東部でメコン川に面するクラチェ州を度々訪れていた。
目的は、現地コミュニティにおける環境教育のためだったが、彼女は現地の人々と親交を深め、家族同然の絆を育んでいた。

それから9年ほど経った2017年。
再びコミュニティを訪れたSreymaoを待っていたのは、予想だにしない光景だった。

Sreymao:2017年の初めに、村を再び訪ねたんです。
昔と同じようにたくさんの人々で賑わっている様子を想像していたのですが、そこに残っていたのはお年寄りだけでした。
辺りは静まり返っていて、会いたいと思っていた人にまったく会えなかったのです。
「一体何が起こってしまったの?」と思いました。

 

Sreymao:それは本当にショッキングな出来事でしたね。
「久しぶり!元気〜?」といったテンションで再会するのを楽しみにしていたのに、行ってみたら誰もいなかったんですよ。

残されたお年寄りの人たちに話を聞いていく中で、若い人たちは皆移住していってしまったということをようやく知りました。
漁業に従事していた彼らは、ここのところ魚が獲れない状況が続き、職を失ってしまったというのです。

気候の変化や過剰漁業、ダム建設などによって河川の生態系に異変が起きたことにより、人々の暮らしが変わり、村の様子も一変してしまっていたのだ。

家族のように付き合った村の人たちとの温かい思い出。
多くの人々がすっかりいなくなってしまった後も、そこにしっかりと見えた彼らの残像。

自身の内面に渦巻いた強い感情に突き動かされ、起こった出来事を記憶にとどめなければと思ったSreymaoは、「Under the Water」の企画を思いつく。

Sreymao:はじめは、単に自分の記憶に基づいた作品を作ろうと思ったのですが、同じような現象がこの村だけでなくカンボジアのあちこちで起こっているのですよね。
それを知ってからは、特定の村に限定せず、各地で起こっている似たような出来事についても問題提起する作品にしようと思いました。

企画の中では、メコン川沿いの別の地域で、水力発電のためにダムが建設されたことにより、水面下に沈んでしまった村の様子も描かれている。

 

かつてそこにいた人々の屈託のない笑顔が、余計に物悲しさを誘う。

企画展のオープニングでは、蠟(ろう)で家屋や人々を型どって作った村のインスタレーションを観客の前で燃やすパフォーマンスを行ったSreymao。

 

Sreymao:パフォーマンスを行なったのは、とてもシンプルな理由からです。
村がなくなってしまったのは、電気を得るためにダムを作るという計画によるものでした。

明かりを得るために、村全体が水の中に埋まってしまったのです。
そうした事実を、光を灯す蠟燭(ろうそく)で表現したいと思いました。

私自身、未だにどうやったらロジカルに答えを出したらいいのか分かりませんが。
「電気を得るという目的のためだけに村を沈めてしまったらどうなってしまうのか?」ということを私なりに問題提起したいと思ったのです。

本当にそれをすべきなのか?
他にもっとよい方法はないのか?

これは単なる問いかけです。
私自身も明確な答えを出すことが難しいのですが、少なくとも問い続ける必要があると思ったのです。

蠟でできた家の下に置かれた鏡が、溶けて跡形もなくなった家や人々の姿を映し出す。
長い間ずっと村とともにあり、物言わぬ水面は、どんな想いで残像を受け止め、光っているのだろうか。

暇つぶしのために始めたアートにのめり込んで

カンボジア第二の都市バッタンバンにある、NGOが運営するアートスクール「Phare Ponleu Selpak’s School 」に5年間通い、アートの基礎を習得したSreymao。

 

アートとの関わりは、ひょんなことから始まったと言う。

Sreymao:ある時「アーティストになろう」と決めたわけではないんです。
私は公立学校を早くにやめてしまったのですが、家にいても何もやることがなく、とても暇でした。
時間を持て余し、「何かためになることをしたいな」と思っていた時に、父親から「アートスクールに行ってみないか?」と言われたのです。

父は、難民キャンプ内で公立学校の教師をしていたのですが、当時の教え子の何人かがバッタンバンの「Phare Ponleu Selpak’s School」でアートを教えていたんですね。
それで繋がりがあったというわけです。

はじめは、単なる暇つぶしのつもりでスクールに行ってみることにしたんです。
授業で教えられるアートの理論などは正直理解できないことも多かったのだけど、学校はとにかく楽しかった。

5年間も通えたのは、何と言っても生徒と先生の関係がよかったからだと思います。
よい友人と先生達に囲まれて、本当に素晴らしい雰囲気の中で過ごせたと思っています。

2006年に「Phare Ponleu Selpak’s School」を卒業した後は、サーカスステージのデコレーションの仕事などをしていたという。
プノンペンに移住し、フリーランスとして活動するようになったのは2010年のこと。

Sreymao:ちょうど、当時やっていた仕事に違和感を感じていた頃だったのです。
それで仕事を辞めて、「Phare Ponleu Selpak’s School」出身の友達から仕事を受けるようになりました。
その後はずっとプノンペンでアーティスト活動をしながら、イラストレーターとして本の挿絵の仕事などを請け負っています。

自身の枠を打ち破った白い線

現在も、イラストレーターとしての仕事をしながらアーティスト活動を続けているSreymao。
彼女の作品は、環境問題を扱ったものが多いように見える。

Sreymao:そうですね。
公の場で展示を始めてからというもの、表現方法は異なるものの、すべて何かしら環境に関するテーマを扱った作品でした。
意識したわけではなく、自分が感じたことを作品にしていただけなのですが、結果的にどれも環境と関連があるものになっていましたね。

複数の企画展に出展されているSreymaoの作品。
一目で彼女のものだと分かるのは、写真の上に白い線で描画するスタイルが非常に特徴的だから。

 

このスタイルはいつから取り入れるようになったのだろうか。

Sreymao:2016年頃からですね。
当時、公立学校向けのイラストの仕事をたくさんしていたのですが、自分のスタイルに飽きてしまっていたところだったんです。

紙に描いた作品には満足していなかったのです。
どうしても取り散らかしたようになってしまって、自分の作品が好きになれませんでした。

そんな中、写真家の友人から写真をもらい、何か面白い作品を作ろうと試行錯誤する中で浮かんできたのが、写真の上に描画するスタイルです。

ちょうどその頃、「Sa Sa Art Projects」の現代アートクラスに参加していて、卒業展示用に作品制作する必要もあったので、新しく思いついた手法にチャレンジしてみようと思いました。

はじめは、「写真の上に描画なんかしてアートと言っていいのかしら?」とも思ったんです。
それに、空気を表現するために白を使う人も多い中、「白で描いても空気にしかならないのでは?」と思って試すのが少し怖かったのです。

でも、実際にやってみたら意外と多くの人に好評で。

私自身も試してみたら面白くて、悩みの種だったスタイルの方向性にも一つの解が見つかったような気がしました。

はじめに彼女の作品を見た時に感じたことは、「白い線で描かれた人たちは、もうここにはいないのだろうな」ということ。
ぼんやりとした虚無感に包まれる思いがした。

 

Sreymao:実は、「Phare Ponleu Selpak’s School」で勉強していた時から同じような線で描画していたんです。
でも、その時は黒で描いていました。

そのうちに何か新しい手法に挑戦したいと思って。
白で描いてみたら、「もっとスピリチャルで自由な印象になるのでは?」と思ったんですね。

黒から白に変えたことは、非常に大きなステップでした。

作品によって、白い線で描かれた人たちの顔があったりなかったりするのは、なぜなのだろう?

Sreymao:多くの人がそれを知りたがりますね。

ある人々はまだそこに存在しているけれど、内側にいるような感覚なんです。
ある人々は内にも外にもいない。
ここに存在はしているけれど、何もないような感じなんです。
体はあるけど、人間としてのアイデンティティのようなものはないというか。

村で出会ったそれぞれの人たちとの繋がりや、彼らに対する個人的な想いをベースに、表情は描き分けています。

ビジュアルの力でリアリティを伝えていきたい

暇つぶしのつもりでアートスクールに通うようになったことがきっかけで、ごく自然な流れでアーティスト活動を行なってきたSreymao。

今の彼女が目指すべきアーティスト像を聞いてみた。

 


Sreymao
:実は、アーティストとしてのゴールのようなものを考えたことがないんです。
「メコンプロジェクト」に関わっていた2008年頃には、とにかく「有名なアーティストになりたい」と思っていました。
アーティストとして認められるように、練習もたくさんもしました。

でも、いつの頃からか、「有名なアーティストになりたい」という想いはなくなったのです。

今もアーティストであることには、そこまで執着していません。
それよりも、できるだけたくさんの本を作りたいと思うようになりました。
今後の目標があるとすれば、とにかく本の制作をすることですね。

今の私にとってアートとは、見聞きした出来事や伝えたい事柄をよりよく伝えるためのツールと言ってもいいかもしれません。

言葉で伝えづらいことも絵本にすると伝えやすいし、読者の記憶にも残りやすいと思うのです。
絵本は、教育的な面でもとても重要なものだと思います。

結果としてどんな助けになるかは分かりませんが、一見痛ましい内容であっても、何かしら大事なことを伝えてくれるものだと思うので。

リアリティを伝える本を作っていきたいですね。

これまでに、環境・社会問題や歴史を扱った数々の啓発本に挿絵を描いてきたSreymao。
さらに、様々な分野で物事を適切に伝えるために、本の出版を検討している人たちの想いをイラストの面からサポートしていきたいと語る。

Sreymao:元々カンボジア人はあまり本を読みませんが、ここ4〜5年くらいの間、多くのティーンネイジャーが本にお金をかけているのを知っています。

それに、私が本を作りたいという話をすると、友人達も同意してくれます。
建築家やツアーガイド、会計士の友達までもが、本を通じて何かを伝えることや、ソリューションを提供することに興味を持っているのです。
これは私にとってもとても嬉しいことです。

アーティスト活動で忙しくてなかなか時間を取れない状況ではありますが、彼らと一緒に本の制作はぜひやっていきたいですね。

私はシンプルなイメージで物事を伝えることができるし、本を作りたいという彼らをサポートできると思っています。

さらに、「有名なアーティストになりたい」という想いはなくなったものの、アーティスト活動も引き続き行っていくという。

 

Sreymao
何か新しいものを生み出す上で、アーティスト活動自体がインスピレーションを与えてくれると思っています。

本の制作も、「どうやったらもっと読者を惹きつけられるものになるのか?」といったことを終始考えながら作っていくという意味では、アートだと思っていますが。

アーティストとしての自分の技術や手法にはまだ満足していないんです。
何かもっと新しい手法を試したいと常に思っていて、今は色々とリサーチに時間を割いています。

たとえば、展示の場で燃やした蠟燭(ろうそく)は、私の中で継続して取り扱っていきたい素材の一つです。

「今度は溶かした蠟を使って何か描けないだろうか?」と考えていて、紙に蠟で描画する実験をしているところなんです。

そう言って、制作机の上を見せてくれたSreymao。
黄色い蠟でできた緻密な線が何か壮大なイメージを型取ろうとしていた。

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肩書きや名誉のためではなく、「伝えたい」という想いに突き動かされるままに、今やるべきことをやる。
そんな姿勢を見せるSreymaoからは、とても自然体で自分の心に正直な人という印象を受けた。

複数のメディアを斬新な方法で融合する実験にも貪欲な彼女は、これからも表現の形を自在に変えながら、カンボジアのリアリティを伝え続けていくのだろう。

今はただ、彼女の作品の中にたたずむ人々が語りかける、言葉にならない現実にしばし対峙したい。

(Interviewed & Written by HARU)

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