Behind the Expression

記憶が対話する「場」の創出を目指して〜Vera Lossau, Amit Goffer〜

投稿日:2018年11月1日 更新日:

カンボジアにおける現代アートの発展に貢献すべく、カンボジア人のアーティストグループによって設立された『Sa Sa Art Projects』(https://www.sasaart.info/index.htm)。

同団体では、アートクラスやワークショップ、展示会を主催するほか、アーティストに6-8週間住居を提供し、地域と関わりながら実験的な取り組みを行う機会を与えるプログラム『Pisaot Residencies(※1)』 を定期的に開催している。
(※1)“Pisaot”は、カンボジア語で“実験的な”の意味を持つ。
滞在期間中、アーティストは自らの興味関心に応じて自由に実験を行う機会を得られる。

このレジデンスプログラムには、カンボジア人アーティストのみならず、海外の関連機関からの派遣という形で、外国人アーティストも参加する。

2018年8月〜9月半ばにかけての約6週間、『Pisaot Residencies』 にはドイツ在住のカップルであるVeraとAmitが参加していた。

Veraはドイツ出身。Amitはイスラエル出身。
それぞれの出身地とは全く異なる歴史・文化的背景を持つカンボジアで、人々や社会に触れ、アートに触れ、何を感じたのか。
この地で受けた印象は、彼らの人生観、アーティスト活動にどのような影響を与えることになったのか。

2人がドイツに帰国する前日。
レジデンスプログラムでの取り組みの一端を一般公開する「Open Studio」の場を訪れ、話を聞くことができた。

Artists' Profile

Vera Lossau

1976年生まれ
アーティスト
ドイツ・ハーン出身
ドイツ・デュッセルドルフ在住

【ホームページ】
http://www.vera-lossau.com

 

コラージュなどの手法を用い、様々な素材の断片から新しいイメージを構築する作品を得意とする。

VERA LOSSAU
Untitled,  2018
Collage,  28×40cm

「作品は直感に従って制作しているところが大きいです。ただ、いくつか厳格なマイルールがあって。スキャンしないこと、インターネットで見つけた素材を使わないこと。それから、コピーも拡大・縮小もしない。自分で見つけたオリジナルな素材しか使わないことにしています。」

「カンボジアに来てから取り組んでいたコラージュブックをスライドショーにしました。まだ制作途中なのですが、経過を見てもらえればと思って。私はいつも、現実的でありつつ、夢や潜在意識の領域が入り混じような、とても自由な世界を作ろうとしています。それは、人生を取り巻くものの間にある文脈を再構築する試みとも言えると思います。」

「日常生活を通じて特別な気づきに到達することが多いです。インスピレーションは、本やインターネットの情報などから得られることもあれば、街を歩いている時にも湧いてきます。ただただ物事を観察することが好きですね。

描くことは、人生にインスパイアされるという面で、書くことに非常に似ていると思います。ただ、それは物語のように起承転結があるものではなくて。スタートして永遠に止まってしまうものだったり、循環するものだったりするのです。」

 

Amit Goffer

1979年生まれ
イスラエル・テルアビブ出身
ドイツ・デュッセルドルフ在住
【ホームページ】
http://www.amitgoffer.info
彫刻、インスタレーション、絵画などの表現を通し、人間と空間や建築物との間にある物理的・精神的な関係性を探求し続けている。

「私はいつも、普遍的なテーマに取り組んでいます。私にとってもっとも重要なテーマは、人間と建築や空間との関係性です。人々が物理的、精神的な意味での“空間”をどのように占有しているのか?ということを探求しているのです。」

「カンボジアの各地で撮った4000枚以上の写真の中から、過去と現在の建築様式の違いを示す写真を選びました。次々とスピーディに移り変わっていくスライドショーを眺めていると、イメージの断片だけが脳に焼き付いていくでしょう?いくつかの様式には、イスラエルやヨーロッパのものとの類似性が見られますが、それらの構造が生まれた文脈はまったく異なるものです。

 

「プノンペンのトゥールスレン虐殺博物館(※2)には、かなり長い時間滞在しました。そこに囚われていた人達が壁に残した最期の言葉に衝撃を受けました。今は劣化のためにほとんど見ることができず、忘れ去られつつある言葉達をどのように拾い、決して消え失せないようにどのように強く刻もうかと考え、ロックすることにしました。
(※2)1970年代後半のクメール・ルージュ(ポル・ポト)政権下で、政治犯収容所とされていた場所。2万人近くもの一般人が危険分子と見なされてここに収容され、次々に処刑されていった。

鍵は人々を危険から守るものであり、縛るものでもあるのです。これらの鍵は一見簡単に解けそうです。切り離されれば、言葉と魂が解放されます。でも、一つの鍵はさらに他の鍵によってロックされていて、完全に自由になることはできません。そこにはまだ魂の闘いがあるのです。」

目の前にパッと何かが浮かぶ瞬間というのがあります。ただそこにムーサが現れるのです。そして、この素材を使いたいか、使いたくないか?ということを瞬時に決めます。それはとてもピュアな瞬間です。」

今回のレジデンスプログラムでは、2つの試みがなされた。

1つ目は、カンボジアで受けたインスピレーションをもとにした個々人のリサーチ・制作活動(上記、写真・動画参照)。
2つ目は、2人の共同ワークとなる、世界各国のアーティストの作品を集めたFanzine(冊子)のキュレーション。

インタビューでは主に、2人の共同作品である冊子について取り上げる。

開くことで繋がった世界

はじまりは2017年11月。
ドイツでジルト財団(Sylt Foundation: https://www.syltfoundation.com)が主催するワークショップにVeraとAmitが参加したことがきっかけだった。

このワークショップは、「激烈な記憶-ビジュアルアートでトラウマと変容を描く」をテーマにし、チリ、南アフリカ、ミャンマー、ラオスなどの世界各国から集まったアーティスト達が、共通のテーマについて意見交換を行ったもの。

「変容とアイデンティティ」「トラウマと和解」は、ジルト財団が長きに渡って掲げているテーマであり、ワークショップが終わった後も参加者達の生活、アーティスト活動の中に存在し続けるテーマとなったという。

VeraとAmitも、カンボジア滞在時の探求事項として、これらのテーマを持ち続けていた。

Amit Goffer(以下、Amit): 私はいつも、どこにでも存在するような普遍的な問いと向き合っています。当初は、ワークショップで取り扱ったテーマを持ってカンボジアに来て、カンボジア人のアーティスト達と何かしらコラボレーションできたらよいなと考えていました。

でも、カンボジアに来てから、はっきりと気づいたんですね。これらのテーマは、カンボジアや私達の祖国であるイスラエル、ドイツに留まらず、全世界で共有されるべき普遍的なテーマであると。

そこから、世界各地にいる人達に向けて、このプロジェクトをもっとオープンなものにすることにしたんです。ドイツでのワークショップ参加者やカンボジアのアーティストだけでなく、世界中の友人・知人や、そのまた友人に声をかけていきました。

彼らには、「トラウマ」「和解」「アイデンディティ」「変容」という大きなテーマのうち、どれか一つか複数に対し、イメージやテキストを用いた表現で応えてもらいました。それらを集めたのがこの冊子になります。

すべての作品が揃った時は、本当にミラクルな瞬間でした。集まった作品の間にはとても強い繋がりがあった。参加してくれた人達は、お互いに会ったことなどなかったのに。

Vera Lossau(以下、Vera): 今回の取り組みの起点となったワークショップは2017年11月に行われたのですが、私達は、その内容をもっと多くの人達と共有したいと思いました。自分達の中に留めておくのは、つまらないと思ったので。

「トラウマ」「和解」「アイデンディティ」「変容」といったテーマは壮大で、型にはめることができないものです。冊子を見ると、非常に詩的で、人間的で、かつ多様な方法で表現されていることがわかると思います。大きな悲しみも感じられますね。


AVRAHAM EILAT(ISRAEL)
The Fear of What is Suddenly Too Late, 2002, ink on paper, 187×222cm, From a large series Avaham Eilat worked on the years 2001-2011.
A man Destroying Drawing, 2018, 70×100cm, recent computer interference on a graphite drawing from 1976. From the series “Humans inside Drawing"

 


ANURAK TANYAPALIT(THAILAND)

Equinoctial, 2016, drawing on 60 alarm clocks and white painting on one wall clock, 12.5×6×18cm, 22.5×22.5cm(wall clock), Asian Culture Station, Chiang Mai, Thailand
Inside of each of the sixty alarm clocks, Anurak depicts via pencil drawing technique internet images which illustrate sixty catastrophic events

これは実験的な取り組みでした。今回、多くの人達がこのような形で世界各国から参加してくれて、本当に嬉しかった。時間の関係もあって、インターネットで作品のデータを送ってもらうようなお願いになってしまいましたが、私たちを信頼してくれたからこそ形にすることができたのです。

多面的視点を生み出すコミュニティとしてのアート

2人は、この冊子を、小さいながらもユニークなプラットフォームと位置付ける。
記憶を語るという観点で、新しい表現の形を探るだけでなく、様々な視点が交差するコミュニティとしての要素を持たせたかったという。


MARIAN HESTER(SOUTH AFRICA)

The weight of the Dead, 2018, installation view


HAN LYNN(MYANMAR)
(Translated from the Burmese by Nyein Nyein Pyae)
*Translator's note: In Yangon there are 12-seater minibuses that run only when they are full. Insein township in northern Yangon is home to Insein Prison or “Insein”, the biggest correctional facility in Burma.

今という同じ時代を生きる人々が、同じテーマに、異なる立場から向き合う。
それはとても奥深いこと。

たとえ一時を共有していても、世代、出生地、国籍、宗教のような属性が異なれば、見える世界が全く異なってくる。
語られるストーリーもまるで違う。

Amit: 私にとって興味深かったのは、カンボジアの若者達が内戦やクメール・ルージュ経験者の二世であるということ。そして、公私の場で昔の話が普通に語られていたことに驚きました。

 


SOPHEAP CHOUN(CAMBODIA)

ーI wish New Generarion youth will start to explore deeper into the traigic history of Khmer Rougeー
Sopheap Choun is a writer and poet based in Phnom Penh, he has strong interest on history and romanec of the universe.
The awaken toward the past, 2018, photograph 
Model: Chanroth Raeuy

私はユダヤ人で、ホロコースト経験者三世なのですが、二世の人達に過去の出来事について尋ねることはタブーでした。聞いてはいけないという暗黙の了解があったので、過去を知ることができませんでした。

でも、過去を知れないということは、未来も知れないということなんです。それが、カンボジアでは、過去に言及する人達がいた。すごいことだと思います。

ただ、カンボジア人のアーティスト達に関して言うと、時に彼らは苦しんでいました。

なぜなら、アートは自由だから。彼らにとって作品は、ただお金を稼ぐためのものではなくて、もっと壮大な試みなんです。それは、内側にあるものを外に表出しようとする行為でもあるのです。彼らの姿勢は美しいと思うし、それをこの目で見ることができてよかったと思います。

西洋から来た私達は、彼らとは異なる視点を持っています。異なる問いも持っているわけです。カンボジアの人達に質問をすると、「そんなことを聞かれるのは初めてだ」と言われることもありましたよ。

それでもアートとは、新しいアイディアや人生に関する新たな視点をもたらすものだと思うんです。

Vera: カンボジアでは、まったく新しいアートシーンが確立されつつあると思います。アーティスト達は、非常に速く、美しく成長してきた第二世代です。

彼らのよいところは本当に誠実であること。「稼ぐために制作する」という意識があまりないんですね。表現する必要性を純粋に感じているんです。

 


SREYMAO SAO(CAMBODIA)

Sickness, 2017, drawing and digital drawing on photograph, 60×90cm
This artwork refers to the difficult situation of Cambodians concerning the health system. Many sick people go abroad for treatment.

それから、トラウマを癒す方法について、個人的な結論に至りました。

私達は、支え合い、再び繋がるために、表現することを許される集団やグループを必要としていると思うのです。カンボジアのコミュニティには、それら両方の役割を担うものがありました。これは非常に印象的なことです。

「ホワイトビルディング(※3)」も一つのコミュニティの形ですよね。


KANEL KHIEV(CAMBODIA)
Before The Raze, 2016-2017, Photograph, 40×60cm

この写真について深く学ぶことは、とても美しいことだと思います。
私たちは、多くの人々のホームであったこの建物が取り壊されてしまったということを知ったばかりですが。
残された写真が証人であるように、建物が実際にそこにあったという事実をとてもうれしく思います。

(※3)1960年代にプノンペン中心部にて建設された当時としては先進的な集合住宅で、アーティストをはじめとする文化人も多く住んでいた。知識人・文化人の粛清が行われた1970年代のクメールルージュ政権下では廃墟となったものの、政権崩壊後に一部の生存アーティスト達はここに再び戻ってきていた。近年、「ホワイトビルディング」については、低所得層の住宅としての側面がクローズアップされがちであったが、そこには暖かい“ホーム”、“コミュニティ”があった。『Sa Sa Art Projects』もまた、「ホワイトビルディング」の歴史と地域コミュニティとしての価値を尊重した若きアーティスト達によって、この建物の中でスタートしたプロジェクトである。残念なことに、「ホワイトビルディング」は大規模開発により2017年に解体され、『Sa Sa Art Projects』も移転することになったが、同プロジェクトはここにあったコミュニティの重要性を受け継いでいる。KANEL KHIEVの作品は、解体前のホワイトビルディングを写したもの。

誰もが持ち合わせる視点という影響力

冊子が生み出されることになったカンボジアでは、「トラウマ」「和解」「アイデンディティ」「変容」といったテーマを語る上で、1970年代以降の内戦とクメール・ルージュ(ポル・ポト)政権下での大虐殺の歴史を避けて通れない。

作品を掲載している人々は、戦後世代が多いが、紛争の傷は直接体験者だけが抱くものではないのだ。

Amit: 悲しいことに、ホロコーストとカンボジアで起こったことは同じなのです。今シリアや南アフリカで起こっていることだって同じですよね。とても恐ろしいことです。

歴史は繰り返す。残念なことに、また将来違う形で繰り返されてしまうかもしれません。

繰り返さないように。繰り返されてしまった時にどう対処するのか?常に心に留めておかなければなりません。

混乱があった後にどうするか?方法は2つあると思います。自分の中に感情とともにすべてをブロックしてしまうのか。他の人達と一緒に話し合い、何かを作り出していくのか。それぞれの立場での受け止め方の違いを理解しようとするのか。

私たちがやろうとしているのは、後者です。

だから、場を作りました。

「私がこうしたから、あなたもこうして」などとは、面白くないので言いたくありません。誰もが意見したり質問することで、他の人が気づいてなかった視点をその場にもたらすことができるのです。

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Open Studioの後、2人が作ったFanzine(冊子)にじっくり目を通した。世界各国から参加しているアーティスト達の視点を少しでも追体験したいと思い、各地の歴史を描いた数々の映画を観た。

戦争・内紛。
世界のあちこちで繰り広げられてきた、昨日までの味方が今日は敵になる現実。
社会に影響を受けずにはいられない個人のアイデンティティ。

そんなことを考えていると、いつも目にしているプノンペンの風景が違って見える。

毎日通る市場で魚を売るおばさん。細い体で店の開け閉めをしたり、バイクを直しているおじさん。皆淡々と働いている。

きっと、10代〜20代で内戦と混乱を経験している彼ら。
今幸せ?と聞いてみたいが聞けない。

戦火に追われ、不満を漏らすこともできずに強制労働に参加させられ、毎日近くで誰かが殺される。そんな非日常が日常であった頃と比べたら、変化のない日常はこの上なく幸せだと感じられるかもしれない。

いや、こちらの勝手な想像だから、本当のところは分からない。

戦後25年余りの間に、カンボジアの経済は目まぐるしいほどに急成長した。莫大な外国資本が入り、高級コンドミニアムやホテルが供給過多なほど建設されている。昔ながらの屋台の横で、誰もがスマホ片手に世界と繋がっている。

日本が戦後約70年で今の状況まで来たことを思えば、たったの25年。間をすっ飛ばして急発展している。この急激な変化を、身をもって体験している人達がいるのだ。

彼らは、内戦を経験していない若者のことをどう想うのだろう?苦労知らずのぬるま湯育ちと思うのか?

逆に、内戦体験者と共に住む二世の若者達は何を思うのか?そこには、「同じ苦しみを味わえない」という苦しみがあるのだろうか?

思えば、自分も戦後生まれの三世。人は皆、生まれながらにして加害者であったり、被害者であったりする。

しかし、最後は皆一人の人間であることを忘れたくない。誰かにとっての最愛の誰かであるということ。
そこに生きるひとりひとりの人生に想いを馳せていきたい。

VeraとAmitが作った「場」に出会い、そんなことが頭を渦巻いた。

(Interviewed & Written by HARU)

 

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