True to Myself

【カンボジア】考えるきっかけを与える現代アートの可能性を信じて 〜アートスペースコーディネーター:Kourn Lyna〜

投稿日:2018年10月31日 更新日:


カンボジアにおける現代アートの発展に貢献すべく、カンボジア人のアーティストグループによって設立された『Sa Sa Art Projects』(https://www.sasaart.info/index.htm)。

地域を巻きこむ様々な取り組みを通じ、カンボジア国内外のアーティスト達が実験や対話を行えるクリエイティブな場の創出を行っている。

アーティスト自らが立ち上がり、自国のアートの進歩のために続けてきた取り組みの裏には、どのような想いがあるのか?
パブリックプログラムコーディネーターのKourn Lyna氏(以下、Lyna)に、彼女自身が抱く使命感とともに伺うことができた。

Artist's Profile

Kourn Lyna

1989年生まれ
『Sa Sa Art Projects』パブリックプログラムコーディネーター
カンボジア・プノンペン出身

【『Sa Sa Art Projects』ホームページ】
https://www.sasaart.info/index.htm

コミュニティに生まれ、コミュニティとともにあるプログラム

Lyna: 『Sa Sa Art Projects』を立ち上げたのは、『Stiev Selapak』という6人のカンボジア人アーティストや写真家達からなるグループでした。『Stiev Selapak』は、アーティスト間で知識や経験を共有する目的で2007年に結成され、共同でギャラリーの運営などを行っていました。その後、外部との関わりを強めるために設立されたのが『Sa Sa Art Projects』です。

『Sa Sa Art Projects』がもっとも大事にしているのが地域との交わり。
2010年、このプロジェクトが誕生したのは、今はなきカンボジア・プノンペンの歴史的建造物「ホワイトビルディング」(https://www.sasaart.info/about_whitebuilding.htm)の中だった。

「ホワイトビルディング」は、1960年代に建設された当時としては先進的な集合住宅で、かつてはアーティスト等の文化人も多く住んでいた。おそらくアーティスト同士の交流も、この中で盛んに行われたのではないだろうか。

だが、1970年代後半のクメール・ルージュ(ポル・ポト)政権下の大粛清により、カンボジアの知識人・文化人は、ほとんどが虐殺されてしまった。

内戦と混乱を経た「ホワイトビルディング」は低所得層の住居として知られるようになったが、一部の生存アーティスト達はここに戻り、再びコミュニティーを形成するようになっていた。
『Sa Sa Art Projects』もまた、「ホワイトビルディング」の歴史的価値と地域コミュニティの重要性を尊重した若きアーティスト達によって、この建物の中でスタートしたプロジェクトである。

残念なことに、「ホワイトビルディング」は大規模開発により2017年に解体され、『Sa Sa Art Projects』も移転することになったが、プロジェクトの中核にはいつも地域との関わりがある。

Lyna: 現在は、主に4つのプログラムを運営しています。

1つ目は、カンボジア人を対象としたアートクラスの開講です。
現在は、「ドキュメンタリー&コンテンポラリー&フォトグラフィー」と「コンテンポラリーアート」の2クラスで、全部で20名位の生徒がいます。開講期間はそれぞれ2〜3ヶ月間。

創設メンバーであるカンボジア人アーティストが講師をしていますが、テーマに合わせてゲストスピーカーを呼ぶこともあります。

これらのクラスは、世界の現代アートの事例をシェアするハイレベルなものです。クラス修了へのコミットメントが強く、オープンマインドであることを選考基準とし、選考に通過した学生のみが奨学金を受給しながら受講できます。参加者は、大学生、美大卒業生、社会人など様々です。

2つ目が企画展の主催。
私たちの展示は、移り変わっていく地域コミュニティの形やニーズに合わせて企画していくものなので、常設展は行っていません。

3つ目がレジデンスプログラム「Pisaot Residencies」です。
“Pisaot”はカンボジア語で“実験的”という意味。アーティストには6〜8週間の間居住スペースを開放し、アートの実験を行う機会を提供します。作品の制作や展示会の開催は義務づけておらず、アーティスト自身が設けたテーマに従い、地域と交わりながら、自由に実験することを推奨しています。

主な参加対象者は、カンボジアや東南アジア出身のアーティストですが、関連機関との交換プログラムという形で、その他の国からアーティストを招聘することもあります。これまでには、台湾、オーストラリア、アメリカ、日本、ドイツなどから参加してもらいました。

カンボジア人アーティストの参加者は公募しますが、カンボジア国内でレジデンスプログラムを実施しているのは『Sa Sa Art Projects』だけなので、毎年多くの応募があります。今年は20名程の応募がありましたが、そのうち採用できるのは1年は5〜6人のみです。

4つ目がコラボレーションイベント。
これまで、大学教授やフィルムメーカーなど、外部の講師や機関とのコラボレーションイベントを行ってきました。2014年には、オーストラリアからのゲスト講師がスラムの子供達にドキュメンタリー、映画、フィクション映画の製作を教えました。その後、3〜4名の講座卒業生がカンボジアの有名なフィルムメーカーに就職しています。

カンボジアでは現代アートに対する国の支援がほとんどないので、活動資金は基本的に寄付と民間財団からの助成金、設立メンバーの自己資金で賄っています。直近の過去2年間はアメリカ、今年はニュージーランドの財団から助成金を得ることができました。

アートと幸せの関係性

 

前職はソーシャルワーカーだったというLyna。
なぜアートに関わる仕事を選んだのだろう?『Sa Sa Art Projects』での役割と彼女自身の活動に対する想いを聞いてみた。

Lyna: 現在は、週3回『Sa Sa Art Projects』で働き、他の時間はフリーランスとして映像のスクリプト作成、プロダクションマネージャー、海外のアーティストやキュレーターが訪れた際の通訳・ガイドなどの仕事をしています。

『Sa Sa Art Projects』では、イベントの企画・運営・広報等をメインに担当していますが、実は個人的にはもっと大きなミッションを掲げて活動しているんです。

ここで働く前は、4年間NGOでソーシャルワーカーとして働いていました。プノンペンにあるスラムで、英語やコンピューターであるとか、もっと実生活に根ざした子育ての方法、歯磨きの仕方、健康維持やバースコントロール等について教える活動をしていました。貧困層の人達が生活の質を向上させ、行きていく術を伝えていたんですね。

でも、私達が伝えていたことは、マズローの欲求5段階説で言ったら底辺にあるようなことです。最低限の暮らしを安定させていくためには絶対に必要なことですが、これからの世代がそれだけで持続して幸せに生きていくことは難しいと思いました。

何より、スラムには自分の頭で考えることができない人達がたくさんいました。いわゆるクリティカルシンキングができないのです。考える機会を与えられていないと言ってもよいかもしれませんね。

そんな中、私自身がある展示会で出会ったのがアートです。同じテーマを扱っているのに、皆まったく異なる表現をしていたことに、強い関心を持ちました。特に、現代アートの作品は、「アーティストはなぜこのような表現をしたんだろう?」と観る者を考えさせますよね。

 

少なくとも私には、そうした考えるきっかけが必要でした。

かつて、銀行で忙しく働いていた時のことを思い出します。
その時は、どこか違和感を感じながらも、ただ淡々と暮らしていくだけの日々が続いていたんです。

私だけでなく、今も多くのカンボジア人がそうだと思いますよ。子供に金融、会計、経営の勉強をさせて、たくさん稼げる仕事に就かせて。それが幸せだと思っている親世代の人達が本当に多いのです。

でも、私はアートの持つ力を体感しました。アートは、人生について考えるきっかけを与えたり、新しいインスピレーションを与えたりするものではないかと思ったのです。クリティカルに考えることは、自分自身だけでなく周囲の人達をも救います。考えることでお金以上の幸せに気づき、自ら豊かさを手に入れていくことができると思うのです。

スラムでもボランティアの学生が絵を教える機会がありましたが、お絵かきのような極めてベーシックなことをやっているだけで、描くことを通じて何かを考えさせるようなことはなかった。

考えさせるアートでなければ意味がないと私は思います。

そのように考えるようになってから、キャリアチェンジしようと思い、3年前に『Sa Sa Art Projects』で働くことになりました。

なるほど。社会的な活動とアートはそのようなところで結びつくのか。
ただ過ぎ去っていく日常の中で立ち止まり考えるきっかけを与えるもの。
アートにはそのような役割があるのだ。

今後、『Sa Sa Art Projects』はどのようなところを目指していくのだろう?

カンボジアの現代アートシーンを牽引する学校に

 

Lyna: 『Sa Sa Art Projects』を現代アートのスクールとして確立させていきたいですね。

そもそも、今でも多くのカンボジア人にとってアートとは、ダンスや歌、劇などのパフォーマンスを意味しています。私自身も少し前までダンスがアートだと思っていました。絵画や写真のことなどまったく知らなかったんです。

プノンペンには、カンボジア人画家が描いた絵がたくさん売られている通りがありますが、売られている絵の多くは、身近な風景を描いたものです。アーティスト独自の社会に対する見方が表現された、いわゆる現代アートの作品はほとんど見られません。

そもそもカンボジアでは、学校の基礎教育でもアートに触れる機会がありません。一応、小学校では「好きなものを描きましょう」といった描画の時間を設けている学校はありますが、中高になると、美術の授業というのはほとんどないですね。

王立美術大学(Royal University of Fine Arts:以下、RUFA)に進学する学生もいますが、大学で教えられることは、いわゆる伝統美術に関することが中心です。現代アートは、若者の間で関心が高まり始めたばかりの分野といえます。

RUFAはアートの基本的知識・技術を教えているので、私達はそこで身につけたことをさらに向上させていける場所を作りたいと思っています。

今回、新たに助成金を得ることができたので、まずはカンボジア人のためにさらに多くのアートのクラスを作りたいですね。

アーティストがアーティストとして生きていけるように

 

Lyna 商業ギャラリーとのパイプも作れないか?とも考えています。他の国も状況は似たようなものだと思いますが、カンボジアでアーティストが絵を売って食べていくのは非常に難しいのです。クリティカル過ぎる作品が売れるとは限らないし、そもそもカンボジアでコレクターを見つけること自体が大変です。富裕層の関心事といえば、高級車やマイホームを持つことであって、アートにはなかなか目が向きません。

そのような状況なので、力をつけたカンボジア人アーティスト達は、フランス、タイ、シンガポール、日本など海外の展示会に出展していますね。アーティスト活動だけでは暮らしていけないので、自ら展示会を企画するキュレーターをしている人もいますし、レストランのウェイター等の仕事を掛け持ちしながら活躍している人もいます。

RUFAやアートスクールを終了した学生達のキャリアとして見られるのは、グラフィックデザイナー、イラストレーター、建築家などでしょうか。『Sa Sa Art Projects』のアートクラスで学んだ学生の中には、NGOの衛生教材用にアニメーションを描いている人などもいます。会社に所属している人もいますが、フリーランスが多いですね。あまり仕事が忙しくなって、自分の創作活動に時間を割けなくなるといけませんが。

アートを学んだ後のキャリア構築というのは非常に難しいところです。ただ、その辺りも学校として道筋を作れるとよいですね。

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ソーシャルワーカーであったLynaがアートに見出した力。
アーティストとはまた異なる観点から語られる話には、新鮮な驚きとともに非常によく納得させられた。

現代アートは思考を促すもの。

考えることをしなければ、ただ目の前にあることを淡々とこなす日々が続いていく。
考えることをすれば、立ち止まり、人生の目的に気づき、自分で幸せを掴み取っていく能動的な生き方に変わる。

いつも身近にアートがあったらどうだろう?
作品を前にし、「なぜこのような表現が生まれたのだろう?」と自然に湧き上がる興味関心から、自分なりの問いやテーマを得ることができる。
そこに答えがあってもなくても、自ずとアーティストの出自や立場、そして自分自身のルーツや価値観、生き方にも目を向けるきっかけとなるのだ。

「アートの可能性に世間の目が開かれ、アーティストが創作活動だけで食べていける社会になったら。」
とは、筆者が常々抱いている個人的な願いでもある。

今回、Lynaの話を聴くことで、もう一つ願いが加わった。
「誰もがアートと向き合い、立ち止まって考えるきっかけを持てるようになれたらいい。」

地域の中で、アーティストと一般の人々を巻き込みながら行われる『Sa Sa Art Projects』の活動。

この場所から、カンボジアの現代アートが形作られていくのだと思うと、楽しみで仕方がない。
筆者もアートを通じて自身の問いを得るために、定期的にここを訪れたいと思っている。

(Interviewed & Written by HARU)

 

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